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元宋興亡史

元宋興亡史
森下翠/学研M文庫

真面目な本のレビューは久々かな。
 
 
旧サイトでこのリプレイを書いていたときに、賈似道のことを知りたくて集めた本の一つ。

何年も前に読んだ本なので、先日読み直しての今更のレビュー。


元宋興亡史とはいっても時代はモンケ・ハンの死前後から始まる。
対モンゴル戦で活躍した南宋の名将・孟[王共](もうきょう)等は登場しない。

モンゴル側はフビライ・南宋側は賈似道を中心に書かれている。
物語は小説形式で書かれていて、私にはどこまでが史実なのかははっきりと区別できないが、ほぼ史実準拠だと思っても良さそうです。

モンゴルの猛攻を南宋の将たちはよく撃退していましたが、賈似道が現れ、権力を掌握した辺りから、南宋の没落が急加速で始まる。
そして物語のクライマックスに近い、襄陽を巡る6年にも及ぶ攻防戦は、籠城側の南宋諸将の悲壮感が漂い、下手な作り話よりも引き込まれるものがあった。
事実は小説より奇なりとか、まったく上手いことを言った人がいるものだ。
遙か大昔に、こんな物語が事実として起っていたなど、現代を生きる身としては、想像することは出来ても、やはり物語としてとらえてしまい、現実感が沸かない。

絶望的な襄陽の籠城戦が南宋側の敗北に終わると、南宋は一気に滅亡への道を歩むことになりますが、事実上南宋が滅びた後も、所謂「南宋三傑」文天祥・張世傑・陸秀夫らが幼帝を担ぎ上げ、粘り強く戦い続けます。
南宋側は既に勝敗が決して、それでも尚、戦い続けようというのに、この期に及んでも内部では主導権を巡って争っている始末。

国が滅びるときというのはこういうものなのだろう。
筆者があえてエピソードを前後させて、ラスト近くにフビライのこの言葉を持ってきている。

「そんなことは、主君に対する恩義を忘れる理由にはならぬ。なんじらは、その行動で、賈似道に道理があることを証明したな。宋の天子こそ、哀れなものだ」

これはフビライが南宋の降将達に降伏した理由を尋ねたときに、南宋の降将達が揃って賈似道の非を上げたことに対して言った言葉だ。
南宋の幼帝は、一人は逃亡中に病死、一人は陸秀夫に背負われて、共に海の中に消えていった。
南宋の将たちの最後の忠義と意地は、当時の価値観では美談なのかもしれないが、ふと、彼らに担がれるままに死を余儀なくされた幼帝こそ哀れだったと思わずにはいられない。

筆者があえてエピソードを前後させたり、賈似道の非道にも、それなりの手腕を認めたりしているのは、やや賈似道贔屓にも見える。
賈似道は間違いなく国を誤らせた大罪人ではあるが、物語の中で文天祥が昔を思い、かつては自分も賈似道を賞賛していたことを思い出し、亡国の責任はけっして賈似道一人のものではないと思いを馳せる場面は印象的だった。



個人的にはかなりお薦めの一冊。
ただ、残念なことにこの前調べたら、既に絶版となっていました。
もったいない。
需要がなかったのだろうか・・・・・・・・・
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