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12Riven -the ψcliminal of integral 考察その3

12Riven -the ψcliminal of integral
前回最後の考察とか書きながら、書ききれなかったので懲りずにこれが最後にしたいです(汗

前回書くつもりで書けなかった
・新聞と天気予報の謎について。

・・・と、今まで自分で書いたことを否定してしまう意地悪な突っ込みを(え
まず状況から
・練丸とミュウははA世界にダイブして、そこの世界に自分たち以外の人がいないことに気がつく。
・その世界で出会った同じ境遇のマイナにここが未来の世界ではないかという仮説を聞かされる。
・さらに、以前霧寺から明日の正午(日蝕の後)に時が止まるだの歴史が終わるだのを聞かされていたため、現在がその時、つまりあれから一日経った世界ではないかと疑う。
・そこで、街の中をいろいろ調べる。

問題のシーン
・入った喫茶店で新聞や天気予報や電話の時報を調べるシーンがある。
・ここで、新聞の日付や天気予報の内容から今日があれから一日経った世界5月21日の未来であると思いこむ。

要点はこんなところです。

・練丸が今日が5月21日であると思いこんでいるとする根拠は、その後一夜明けて練丸ルートのクライマックス付近でホテル・インテグラルにて日蝕を見て『そんな馬鹿な』と驚いていることからもはっきりとわかる。
日蝕は5月21日の朝に起きることになっているから、あれから一夜明けたのなら、今日は5月22日でなければならないわけだが、そうではなかったわけだ。

そこで問題のシーンになる。
この喫茶店に入ったシーンで、練丸視点ではまるで練丸が喫茶店に入って調べたように書かれているが、(しかし、練丸が入ったと明記されているわけではないこの辺りがトリックか?)真相が開かされる∫ルートでは『私は~』となっている。
練丸の一人称は『私』ではなく『俺』である。
つまりこれが練丸本人である確率は低い。
では、この日付を確認していたのは誰だったのか?

結論から書きましょう
・該当者がいません

まずこの物語でこのシーンに関わる可能性のある人物を挙げます。
・練丸
・鳴海
・マイナ
・ミュウ

このシーンに関わってきそうなのはこの4人くらいです。
ところが、この作品は練丸視点か鳴海視点、そしてもしくはその両方の客観視点(プレイヤー視点)でしか書かれていません。
ですからいきなりマイナとミュウの視点がここでのみ登場するのは変なので除外してもいいと思います。
残る練丸と鳴海では、一人称が『私』なのは鳴海です。
この時ゲーム上の視点で語ると鳴海は現実世界で5月21日の喫茶店にいました。
つまり鳴海の視点で日付を確認すればその日は5月21日になるのだから不自然ではありません。
ところが、問題は携帯電話。
この時鳴海は携帯電話を大手町に渡していて、自分では使えない状態にありました。
というわけで、鳴海の可能性も消えてしまいます。

ここで、あえて無理矢理『私』を練丸を通して世界を観測している『第三視点(プレイヤー)』であるという説を出してみましょう。
これでも無理です。
第三視点ならば確かに練丸視点を通して今日の日付に疑問をもって練丸に干渉して調べる可能性はあります。
が、それでも練丸はこの話の中で初期に携帯を失ってしまっているので携帯をかけることが出来ません。
携帯のことを無視すれば鳴海でしたで済む話だと思うのですが、これがあるために、結局誰なのか謎のままです。

・・・・ここで一つとんでも説をぶちまけてみようかと思います。
あくまでとんでも説なので笑って流して下さると助かります。
ようするに、そういった類の話なので。

ちょっと記憶が曖昧なのですが、練丸ルートか鳴海ルート、もしくはその両方をクリアしたあとに再度ゲームを最初から始めると、プロローグの出だしがちょっとだけ変ります。
そこではラジオのDJと思われる男『ラジ男』『ラジ女』が今日の日付について会話しています。

ここでラジ女が『今日は雨なので日蝕が見れなくて残念』という内容の発言をします。
それに対してラジ男がものすごく釈然としない様子で『今日の日付は・・?』と聞き返します。
ラジ女は迷わず『5月21日に決まっているじゃないですか』と答えます。

ところが、プロローグ始めは5月20日のはず。
いや?
そうとは限りません。
そもそもプロローグは練丸視点と鳴海視点が交錯しています。
最初のシーンが何日であるかなど、誰もプレイヤーに対して語ってはいません。
この時点で、この世界では日付の混乱が起こっています。
これは誰にたいしてでしょうか。
混乱しているのは、このスタート地点から5月20日と5月21日の両方の物語を平行して見せられるプレイヤー自身、つまり第三視点だと考えられます。
では、やっぱり第三視点が犯人なのかというと、先ほどの理由(携帯)で、それはないのではないかと思います。

では、あの喫茶店でわざわざ日付を確認する必要があって携帯電話をかけることが出来たのは誰でしょう?

・・・いました。
ラジ男かラジ女です(え
まず喫茶店はA世界ではなく現世界であると考えられます。
これは、雨が降っていたからです。
A世界では練丸が行動していた時雨は降っていません。
そしてマイナの話からも、たぶん降ることはありません。

現世界であれば、ラジ男かラジ女がこの時喫茶店にいる可能性はゼロではなくなります。
そして、以前の会話から、今日の日付が気になって確認したくなるのも頷けます。
そして、一般的に携帯電話を持っていたとしてもなんの不自然さもありません。
一人称が『私』であっても特に問題はないでしょう。

・・・・おお、解決した!

・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・
・・
いえ、さすがにここでいきなりオープニングでちょっと出てきただけのラジ男かラジ女を出すのは無理がありますよね(-_-;)
さらに言えば、ちょっと前の文章で、マイナとミュウを除外した理由からも外れてしまいます。
まあ、これはちょっとした冗談というかトンデモ説の類ということで^^;



最後に
これまで自分が書いてきたことを根底から否定する自分突っ込みをします。
これも妄言の類になります。

この物語の世界における絶対的なルールとして、私は『自我が観測した結果こそが現実として確定する』というルールを持ち出しました。(正確には大きく現実から遅れている自我が本来のタイムラグの現実に帰った時点で確定する)
そしてその喩えとして『シュレディンガーの猫のような物らしい』と書きました。
これはゲーム中でそう説明されていたからで(少なくとも私はそう解釈しました)私個人の創作ではないですが、そもそも自我と識閾下の関係をシュレディンガーの猫に例えるのはいろいろと無理が生じます。

実際に話術も小細工も弄さずにそのまんま当てはめてみましょう。

・箱の中(現世界)
・猫(識閾下
・箱の外(A世界)
・観測者(自我)

こうすると以前の銃の話を当てはめるとこうなります。
箱の中では銃はないので、ここは単純に死ぬかも知れないことが起きたと仮定しましょう。

---------------------------------------------------------------------------------------------------
箱の中(リアルタイムの現実)で死ぬかも知れない猫識閾下はその情報が伝達されて観測されてしまうと自分が死んでしまうかもしれないので、情報が伝達される前に、その現実を変えるために観測者(自我)に干渉して猫(識閾下)が死なないように行動させる(この場合は観測者に観測結果を書き換えさせるでもいいでしょう)。
その結果、箱の中(
リアルタイムの現実)の現実も変わり猫(識閾下)も死なずに済んだ。
--------------------------------------------------------------------------------------------------

・・・となります。
・・・・変ですね(汗
なんでこんなに変なのかというと、猫が観測者に何故干渉できるのか、そして観測者もなんで猫にいわれて観測結果を書き換える必要があるのか、猫が観測者に情報伝達ってなんだ?^^;とか、
そもそもお前らいったい何やってんだ(汗
それ実験の意味が無くなるだろう、意味不明ですよとか(汗

てな感じになります^^;

なんでこんな変な事になってしまうかといと、自我と識閾下の関係と、猫と観測者の関係は根本的に=ではないからです。

自我と
識閾下はどちらも同じ今を生きる自分であり、同一の存在です。
違いはタイムラグの存在だけです。
そして通常は
識閾下が観測した結果が情報伝達され、自我がそれを観測して始めて現実を認識するという流れです。
つまり識閾下も観測はしているし、情報まで伝達しています。


これに対して猫と観測者にはそもそもどんな関係があるのか。
少なくとも同一の存在ではないでしょうし、ましてこの両者の間で情報の伝達は行われてはいませんし、そうなってはこの実験の意味が無くなってしまいます。
つまり、実験の意味が無くなってしまえば、これを喩えにして世界のルールを説明するのもおかしな話になってしまいます。



では、この喩えはまったく意味のない間違いなのでしょうか?


と言われると、これは私の意地悪な突っ込みに過ぎません(こら


この作品世界はフィクションです。
元々現実にはありえない話に必要であるフィクションの世界のルール。
つまりここでは『自我が観測した結果が現実として確定する』というこの作品世界になければならない絶対のルールを説明するために喩えとしてシュレディンガーの猫の話が使われているに過ぎません。
元々ありえない話なのですから、無理が生じるのも矛盾があるのも当然ですし、ここではこのルール一つだけをプレイヤーにわかってもらえればいいわけです。

ようするにここで重要なのは実は理屈ではなく
『自我が観測した結果が現実として確定する』という言葉そのものです。
これがルールであることをプレイヤーにわかってもらうことこそ重要なのであり、そのために、この作品中ではくどいほど様々な喩えを用いてこの世界の仕組みやΨの仕組みについて説明しています。

そう、大事なのは、このフィクションの世界の根底にあるルールを理解してもらうことであって、喩えが理詰めでおかくしなるとか、科学的に変だとかいう部分でありません。
たぶんそれは書いた本人も承知の上のことでしょう。
少なくとも、私のようなド素人よりは学も知識も経験もおありでしょうし、この手の突っ込みは以前の作品の時から嫌と言うほどあったんじゃないかと(汗
ここではあの言葉(ルール)だけを頭に入れればそれでフィクションとしては正解・・・だと思います。
たぶん。
きっと。
・・・・なんとなく(汗



で、くどいですがまた最後に書きますと、ここに書いてあることは私がそう感じた、そう思ったと言うだけの話です。
私はこの内容が絶対に正しいなどとは主張するつもりはありませんし、むしろどっかに穴があるんじゃないかとか、
・・・・いや穴だらけだろう?(汗)とか思っているくらいなので鵜呑みにしないで下さい(汗

これをもって他の人の考察を否定するつもりもありません。
個人がこういったゲームをして『あーでもない、こーでもない』といろいろ考えるのはそれはそれで楽しいことだと思っています。
私もそれをやってみたかっただけで、それ以上の深い意味は一連の考察(考察というレベルでもないかもしれませんが)にはありません。
・・・・逃げたな(笑


終わります<(_ _)>

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